年金は家族信託できない? できない理由と対応策を解説
2026/10/06
親が高齢になり、認知症などによって判断能力が低下した場合に備えて、家族信託を検討する方もいるでしょう。
しかし、年金を受け取る権利そのものは、原則として家族信託の対象にすることができません。
では、年金を受け取っている親の生活費や老後資金は、どのように管理すればよいのでしょうか。
年金受給権そのものは信託できなくても、年金を受け取った後のお金については、家族信託を活用して管理できる場合があります。また、家族信託の契約後に財産を追加する「追加信託」も、対応策のひとつです。
本記事では、年金を家族信託できない理由や、年金を受け取った後のお金の管理方法、家族信託以外の制度についてわかりやすく解説します。
目次
年金は家族信託できない?
● そもそも家族信託とは?
家族信託とは、自分の財産を信頼できる家族などに託し、その財産を管理・運用・処分してもらう仕組みです。
この家族信託では、「委託者」「受託者」「受益者」という3つの立場が登場します。
- 委託者:財産を信託する人
- 受託者:信託された財産を管理・処分する人
- 受益者:信託財産から利益を受ける人
たとえば、父親が自宅を信託し、子どもに管理を任せる場合、父親が委託者、子どもが受託者となります。そして通常の家族信託では、委託者が引き続き信託財産から利益を受け続けるため、父親は「委託者兼受益者」となります(この利益とは、居住権や家賃収入、売却益などのことです)。
委託者と受益者が同一となる多くの家族信託では、財産から利益を受ける人が信託の前後で変わらないため、信託を設定したこと自体による贈与税は通常発生しない点も特徴です。
このように、家族信託では、受託者に財産の管理を任せながら、受益者が信託財産から利益を受けるという仕組みをつくることができます。
● 年金を受け取る権利は原則として信託できない
このように、様々な財産の管理を任せられる家族信託ですが、実は年金を受け取る権利そのものは、原則として家族信託の対象にすることができません。
年金受給権は、受給者本人に認められた権利であり、国民年金法第24条や厚生年金保険法第41条によって、私人間での譲渡や担保設定などが禁止されています。
そのため、親が受け取る年金を、家族信託によって子どもに受け取らせる仕組みをつくることはできません。
● 年金を受け取った後のお金は管理方法を検討できる
一方、年金受給権そのものは信託できませんが、年金を受け取った後のお金については家族信託を活用した管理を検討できます。
たとえば、父親が毎月受け取る年金を生活費などに使い、余ったお金を老後の介護費用として確保しているケースです。父親が元気なうちに家族信託を設定し、確保していた金銭を信託財産として子どもに信託すれば、将来、判断能力が低下した場合に備えることができます。
具体的な手続きについては、後ほど解説します。
● 年金受給権を受託者に移すことはできない
家族信託を設定しても、年金を受け取る権利そのものを受託者に移すことはできません。
たとえば、父親が受け取る年金について、家族信託を利用して子どもを受託者に指定したとしても、子どもが父親に代わって年金受給権を取得することはできません。
また、家族信託を設定したからといって、年金の受給手続きや受給者本人に関する手続きのすべてを受託者が行えるようになるわけでもありません。
家族信託で対応できるのは、あくまでも信託財産として適切に設定された財産の管理などです。
年金の受給と、受給後のお金の管理は分けて考えることが大切です。
年金を家族信託できない理由まとめ
● 年金受給権は本人に専属する権利だから
年金受給権は、年金を受け取る本人に認められた権利です。
このように、特定の人に専属する権利は「一身専属権」と呼ばれます。
年金受給権については、国民年金法や厚生年金保険法などによって譲渡などが制限されています。そのため、本人が受け取る年金を、家族信託によってほかの人に受け取らせることはできません。
これは、家族信託の契約内容を工夫すれば解決できるという問題ではなく、年金受給権そのものの性質による制限です。
● 年金を受け取る権利と、受け取ったお金は別の財産だから
年金受給権と、年金を受け取った後のお金は、区別して考える必要があります。
年金受給権は、将来にわたって年金を受け取るための権利です。一方、年金が支給された後のお金は、受給者が保有する財産となります。
たとえば、父親が年金を受け取り、その一部を生活費に使い、残りを貯蓄している場合を考えてみましょう。父親が将来受け取る年金そのものを信託することはできませんが、受け取った後のお金については、金銭として信託する方法などを検討できます。
また、銀行口座に入っているお金は、法律上は銀行に対する預金債権という権利であり、こちらも銀行の規約などによって他人への譲渡が制限されています。このような理由から、年金や預金口座そのものを信託するのではなく、すでに持っている金銭を家族信託の対象とする必要があるのです。
年金を受け取った後のお金は家族信託できる?
● 年金受給後の金銭を信託財産として管理する
年金受給権そのものは信託できませんが、年金を受け取った後のお金については、金銭として信託する方法を検討できます。
たとえば、父親が年金を受け取りながら生活しており、将来の介護費用として一定の資金を確保しておきたいケースです。父親が元気なうちに、生活費や医療費などに必要な金額を確保したうえで、余裕資金の一部を子どもに信託することが考えられます。
信託した金銭は、受託者が信託契約の内容に従って管理し、父親の生活費や介護費用など、契約で定めた目的に沿って使用します。
ただし、年金の振込先口座にある預金を、そのまま信託財産にできるわけではありません。一般的には、預金を払い戻して金銭として信託する方法や、委託者名義の口座から受託者名義の口座(信託口口座、信託専用口座)へ振り込む方法などが考えられます。
実際の手続きについては、利用する金融機関や信託契約の内容を確認することが大切です。
● 生活費や介護費用を確保したうえで信託する
年金を受け取った後のお金を家族信託で管理する場合には、信託する金額にも注意が必要です。
年金が主な収入源となっている方の場合、今後の生活費や医療費、介護費用などを考慮せずに多額の金銭を信託してしまうと、本人が必要なときに自由に使えるお金が不足するおそれがあります。
たとえば、父親が年金収入で日常生活を送りながら、将来の施設入居費用や医療費に備えて貯蓄している場合です。
信託する金額を決める際には、毎月の収支や預貯金の残高、今後想定される支出などを確認する必要があります。
また、信託した金銭は、受託者自身の財産と区別して管理しなければなりません。
本人の生活を守ることを優先し、必要な資金を確保したうえで、信託する財産や管理方法を決めることが大切です。
● 追加信託によって年金が振り込まれるたびに財産を加える
年金受給権そのものは信託できませんが、年金が振り込まれた後のお金を、その都度、追加信託によって信託財産に加える方法が考えられます。
たとえば、父親が毎月年金を受け取っている場合、生活費などに必要な金額を残し、余ったお金を追加信託する方法です。
この方法であれば、家族信託を設定する時点で、将来受け取る年金まで含めた金額を信託する必要はありません。年金が振り込まれるたびに、実際に受け取ったお金の中から、信託に回す金額を決めることができます。
ただし、追加信託を行うには、当初の信託契約で追加信託が認められているか、どのような手続きが必要かを確認しなければなりません。また、追加信託を行う際には、本人がその内容を理解し、必要な意思表示や合意を行えることが重要です。
認知症などによって本人の判断能力が低下すると、新たな追加信託の手続きが難しくなる場合があります。そのため、年金が振り込まれるたびに追加信託する方法は、本人が追加信託について適切に判断できる間に行うことが前提となります。
家族信託を設定する段階で、年金受給後のお金を追加信託する可能性も考慮し、契約内容や必要な手続きを確認しておくとよいでしょう。
年金を受け取る親の財産管理に利用できるその他の制度
● 成年後見制度を利用する
すでに本人の判断能力が低下しており、契約内容を理解して家族信託を設定することが難しい場合には、成年後見制度が選択肢となります。
成年後見制度では、家庭裁判所によって選任された成年後見人などが、本人の財産管理や法律行為を支援します。
たとえば、認知症が進行し、本人が預貯金の管理や必要な契約を自分で行うことが難しくなった場合などです。
ただし、成年後見制度は、本人の財産を自由に家族へ移すための制度ではありません。本人の利益を守ることを目的としており、財産の処分などには一定の制約があります。
また、本人の判断能力が低下した後に、家族信託を新たに設定したり、追加信託を行ったりすることは難しくなる場合があります。家族信託を利用するかどうかは、本人の判断能力が十分にある段階で検討しておくことが重要です。
● 任意後見制度を利用する
任意後見制度は、本人の判断能力が十分にあるうちに、将来、判断能力が低下した場合に備えて、後見人となる人や委任する事務を契約で決めておく制度です。
家族信託では、信託財産の管理などを行うことができますが、本人の生活に関するすべての手続きを代わりに行えるわけではありません。
そのため、財産管理だけでなく、介護サービスの契約など、本人の生活に関する事務についても備えたい場合には、任意後見制度を組み合わせる方法があります。
ただし、任意後見契約は、本人の判断能力が低下した後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力が生じます。
家族信託と任意後見制度では対応できる範囲が異なるため、本人の希望や必要な支援に応じて使い分けることが大切です。
● 金融機関の代理人制度などを利用する
金融機関によっては、高齢の方の預貯金管理を支援するため、代理人による払戻しなどに対応する制度を設けている場合があります。
たとえば、親が銀行窓口での手続きに負担を感じるようになった場合に、あらかじめ登録した家族が一定の手続きを行える仕組みです。
こうした制度を利用できれば、家族信託を設定しなくても、日常的な預貯金管理の負担を軽減できる可能性があります。
ただし、利用できる手続きや条件は金融機関によって異なります。また、代理人制度を利用できるからといって、本人の判断能力が低下した後も、あらゆる取引を自由に行えるわけではありません。
親が利用している金融機関に、どのような制度があるのかを事前に確認しておきましょう。
● 年金受取口座から自動送金の設定をしておく
年金を受け取る親の生活費などを定期的に別の口座へ移したい場合には、金融機関の自動送金サービスを利用する方法もあります。
たとえば、親の年金受取口座から、毎月一定額を生活費用の口座や、親自身が管理する別の口座へ自動的に送金する設定です。
あらかじめ送金日や金額を設定しておけば、毎回窓口やATMで振込手続きを行う負担を軽減できます。
ただし、自動送金は、設定された内容に従って資金を移動させる仕組みであり、家族信託のように受託者が信託財産を管理する制度ではありません。また、本人の判断能力が低下した後も設定を変更したり、送金を継続したりできるとは限りません。
自動送金の利用条件や設定方法は金融機関によって異なるため、事前に確認しておきましょう。
家族信託を検討するときの注意点
● 年金以外にどのような財産があるか整理する
家族信託を検討する際には、まず、親がどのような財産を保有しているのかを整理することが大切です。
年金受給権そのものは信託できませんが、自宅や賃貸不動産、預貯金など、ほかの財産については信託を検討できる場合があります。
たとえば、親が自宅と預貯金を所有しており、将来の介護費用を確保したい場合には、どの財産を信託するのが適切かを考える必要があります。
すべての財産を信託する必要はありません。本人が自由に使えるお金を確保しながら、管理を任せたい財産を選ぶことが重要です。
● 本人の判断能力があるうちに準備する
家族信託は、本人が契約内容を理解し、判断できることが前提となります。
そのため、将来、認知症などによって判断能力が低下した場合に備えたいのであれば、本人が元気なうちから準備を進めることが大切です。
また、追加信託についても、財産を追加する際に必要な合意や手続きを行えることが重要になります。
将来の状況に応じて財産を追加する可能性がある場合には、当初の契約で追加信託に関する条項を設けておくことも検討しましょう。
● 家族信託とほかの制度の役割を整理する
家族信託は、財産管理や承継に役立つ制度ですが、年金受給権そのものを移転したり、本人の生活に関するすべての手続きを代わりに行ったりすることはできません。
そのため、年金の受給、預貯金の管理、介護サービスの契約、将来の相続など、何に備えたいのかを整理したうえで、適切な制度を選ぶ必要があります。
たとえば、財産管理を家族に任せたい場合には家族信託、将来の判断能力の低下に備えて生活に関する事務も委任したい場合には任意後見制度、すでに判断能力が低下している場合には成年後見制度などが選択肢となります。
制度によってできることや制約が異なるため、本人の希望や財産の状況に応じて、必要な仕組みを組み合わせることが大切です。
まとめ
年金を受け取る権利そのものは、原則として家族信託の対象にすることができません。
しかし、年金を受け取った後のお金については、金銭として信託する方法などを検討できます。年金の受給権と受給後のお金は区別する必要があり、預金口座にある預金をそのまま信託財産にできるわけではありません。信託する財産や手続きについて、契約内容や金融機関の対応を確認することが大切です。
また、家族信託だけですべての問題に対応できるわけではありません。本人の判断能力や希望に応じて、任意後見制度や成年後見制度、金融機関の代理人制度なども検討しましょう。
年金を受け取る親の将来に備えるためには、年金受給権そのものを信託しようとするのではなく、年金を受け取った後の資金や、そのほかの財産をどのように管理するかを考えることが重要です。

